昭憲皇太后陛下・書「みがかずば」・拝領額

戦前の古いものです。明治天皇の皇后、昭憲皇太后陛下の書の拝領額です。詠まれた御和歌「みがかずば 玉もかがみ(鏡)もなにかせむ 学びの道もかくこそありけれ」が書かれています。この御和歌は、明治9年2月に東京女子師範学校(現・お茶の水女子大学)に下賜されたもので、現在も、お茶の水女子大学の校歌として歌い継がれています。この額は古いものなので、しみ、汚れ、破れ等あります。昭憲皇太后陛下の記念の品です。額のサイズは横81・5センチ、縦47.5センチ。

昭憲皇太后(しょうけんこうたいごう)(旧名は一條 美子(いちじょう はるこ)

嘉永2年4月17日(1849年5月9日) ~ 大正3年(1914年)4月11日。明治天皇の皇后。大正天皇の「嫡母」となりました。病弱で実子はありませんでした。容姿端麗、知的で聡明な皇后でした。社会事業振興の先頭に立ち、学習院女子部の前身である華族女学校や、お茶の水の東京女子師範学校(現お茶の水女子大学)の設立、日本赤十字社の発展などに大きく寄与しました。津田梅子ら女子留学生の派遣にも関わったとされています。また、生涯に三万首を超える和歌を詠み、その一部が『昭憲皇太后御集』として伝わっています。御歌としては東京女子高等師範学校に下賜した校歌、 「磨(みが)かずば玉も鏡もなにかせむ 学びの道もかくこそありけれ」 が著名。崩御に際して「ロンドンタイムズ」は彼女を高く評価しました。明治37年(1904)2月、日露戦争の前夜、葉山の御用邸に皇后が滞在していた折、三十七、八歳の武士が白衣で皇后の夢枕に立ち、戦いの際の海軍守護を誓い申し上げたといわれています。皇后が侍臣に下問したところ、坂本龍馬の霊であると判ったのです。これが新聞記事に載って士気を鼓舞し、霊山官祭招魂社内にある坂本龍馬の墓前に忠魂碑が立てられるに至ったのです。

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by gunanzakka | 2017-02-17 09:37 | 日本の著名人・記念品

オーシャン堂店主の青井渚です。このブログでは、オーシャン堂の陸海軍軍装品、アンティーク、雑貨など、商品の一部を展示しています(販売済みの商品もあります)。このほか、オーシャン堂では、古本も販売しています。オーシャン堂はネットショップです。店舗はありません。ブログ「意外な戦史を語る」「陸海軍けんか列伝」「防人作家の群像」を運営。電子書籍「小説家けんか列伝」発行。メルマガも運営。


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