本庄繁・陸軍大将(侍従武官長)・男爵・花器(丹波焼) 

戦前の古いものです。本庄繁大将の書が刻まれている陶製の壷(花器)です。箱付。丹波焼です。壷裏には「丹波壷市」と落款があります。古いものですが、傷もなく丹波焼きの黒茶色の独特な色合いとともに渋い落ち着きがあります。花器の側面には「天壌橆窮」「陸軍大将 本庄繁書」と刻まれています。「天壌橆窮」の「橆」の文字は本来は「無」で、例えば白川義則大将の砲弾花瓶には「天壌無窮」と刻まれています。本庄大将はこの「橆」を使っていて、珍しいものです。「天壌無窮」は「天地とともに永遠に極まりなく続いていく」という一般的な意味がありますが、軍人の書では「日本国は天皇が永遠に統治する国である」との思いが現されています。胴周りの直径13.5cm、口の直径10cm、高さ31cm。重さ1.7キロ。

本庄 繁(ほんじょう しげる)陸軍大将(侍従武官長)・男爵
明治9年(1876年)5月10日 - 昭和20年(1945年)11月30日)。日本の陸軍軍人。第10師団長、関東軍司令官、侍従武官長を歴任し階級は陸軍大将正三位勲一等功一級。功一級金鵄勲章、勲一等旭大綬章、大勲位蘭花大綬章(満州国)、男爵。長男一雄は陸軍主計中佐。娘は山口一太郎陸軍大尉(2.26事件)に嫁いでいます。本庄大将は書を心得、「剣華」と号としています。昭和6年8月に関東軍司令官として旅順に着任し、その後同年9月18日に勃発した満州事変に際して、張学良、馬占山の根拠を撃滅するなど、満州国建国の立役者となり「満州国の父」とも称されました。昭和8年陸軍大将。その後は、侍従武官長、軍事保護院総裁、枢密院顧問などを歴任。昭和20年、敗戦の年の11月30日陸軍大学校内の補導会理事長室で自決。墓所は東京都・多磨霊園。著書に「本庄日記」(原書房)があります。

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by gunanzakka | 2017-02-03 10:06 | 日本陸軍・軍人・記念品 | Comments(0)

オーシャン堂店主の青井渚です。このブログでは、オーシャン堂の陸海軍軍装品、アンティーク、雑貨など、商品の一部を展示しています(販売済みの商品もあります)。このほか、オーシャン堂では、古本も販売しています。オーシャン堂はネットショップです。店舗はありません。ブログ「意外な戦史を語る」「陸海軍けんか列伝」「防人作家の群像」を運営。電子書籍「小説家けんか列伝」発行。メルマガも運営。


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